recipe 10
 一瞬では何が起きているのか理解出来なかった。ぱっと見た奥のカウンターに人影はない。横下方向に気配を感じて見てみると、バルフレアと呼ばれていた青年とばっちり目が合った。売り物のソファに身体を投げ、その上に黒髪の男が覆いかぶさっている。
「……」
 固まっているのはバルフレアも一緒なようだ。どれ位そうしていたか、黒髪の男がゆっくりと首を上げて店主を見た。ニコリと微笑み、それが再生ボタンになる。
「す、すまない邪魔をした」
 店内に言い残して慌ててドアを閉めた。あの体制が『二人揃って仲良くお昼寝』なんてものではないこと位、鈍感な店主でもわかる。間が悪かった。日を改めてまた誘うべきか、それとももう少し時間を置いてから迎えに来るか。日を改めるのが妥当だとは思うが、これでまたバルフレアが店に来なくなってしまっては誘う機会事態がなくなってしまう。店の前でウロウロと悩みはじめた所でハと疑問にぶつかった。
(どちらも男だ)
 驚きの余り、そんなことすら見落としていた。そういう道の人が居るということは知っているが、それ程身近に感じていない店主とって、あの光景は違和感でしかない。店の前を行き来していた足を止め意識をドアの向こうにやると、微かにだが青年の声が聞こえてきた。何を言っているかまでは分からないが、棘のある響きだ。
「もしや」
 これは一大事なのではないか。上に居た黒髪の男はそっちの気があっても可笑しくない雰囲気を持っていた――ような気がする。だいたい考えてみればあの状況でニコリなんて可笑しいではないか。あの男は危ない人種なのかも知れない。いやきっとそうだ。
 店主は意を決し、レコードショップのドアに再び手をかけた。ソファの青年がはっと顔を上げ、物凄い形相で店主を睨みつける。
「帰らないならどうにかしろ、そうでないならどっか行け畜生!」
 この台詞は目的を的確にして初めて行動力を発揮できる店主にとって、とても有効なものだった。己の頭から指示を送る前にバルフレアの言葉通り動き、状況をどうにかするべく黒髪の肩に手を伸ばす。しかし、触れる寸前で標的が動いた。最小限の動きで店主の手をかわし、スタリと長身を持ち上げる。
「あはは。ナイトになって貰うつもりが"すまない邪魔をした”だなんて、どうしようかと思いましたよ」
 ここでやっと店主は、黒髪の男が先日会ったこの店のスタッフであることに気がついた。
 男は然して乱れてもいない髪の襟元をファサと掻き上げ、店主の爪先から頭の天辺までをジロジロと眺めた。
「確かにイイ男なんですけどねぇ……。貴方の相手をさせるには、素朴すぎるというか、鈍すぎるというか」
 ム、と口をへの字に曲げたのは、ソファからやっと起き上がったバルフレアだ。その強い目線に気がつき、男は「おっと」とわざとらしく手で口を塞ぎながらそれ以上の言葉を呑み込む。何が何だかわけが分からず唖然と立ち尽くす店主を置き去りにして、鼻歌交じりに店を出て行った。
 店内に二人きりで取り残され、会話もないまま気まずい間が流れる。
「……出直すべきだろうか」
 重い空気に耐えきれなくなったか、状況がいまいち把握できないながらもバルフレアを気遣ったつもりか、店主が先に口を開いた。バルフレアは擦り上げられたカットソーを正しい形に直し
、不機嫌そうに舌を打つ。
「アンタの好きにすれば良いさ」
「そうか」
 店主は戸惑いながらもウムと頷き、少し腰を屈めてソファに手を差し出した。バルフレアは小さく溜息をつき、その手を取った。