「ロザリア」前編
(来たか)
 カウンターから狭い店内を眺め、方眉をクと持ち上げた。客は全部で三人。若い男女のカップルと、三十近い男、計ふた組だ。
 店主は開いていた新聞で顔半分程を隠しながら、サングラスの下の目は忙しなく標的の行動を観察をする。
(おーおー、まぁた連れてる女が違うじゃねえか。コンタクトレンズじゃあるまいし。いつかしっぺ返しを食らうぜ)
 ポケットに手を突っ込んだまま、商品をジロジロと見て歩く。歳は二十前後だろうか。浅い茶色の髪を前だけ立ち上げ、両耳に重そうなボディピアスをぶら下げて。連れの女性はこの手のアクセサリーに興味がないらしく、「まだぁ?」「お腹すいたぁ」と猫撫で声で青年の腕を引っ張っている。ちなみに昨日は年上の姐御女、一昨日は清楚なお嬢様だった。
「……来たのか?」
 先程までスタッフルームに居た男がいつの間にか後ろに寄り、青年を横目で睨みながら店主の耳元で呟いた。
「そのようですね」
「何をのんびり新聞など読んでいる。今日こそ――」
「分かっていますよ。絶対にひっ捕らえます」
 サングラスを外して、にやりと目を細める。視線は青年のまま。
 新作の展示コーナーの前で立ち止まり、手にとって角度を変えて眺め、元の位置に戻した。ありふれた普通の客の動作。その横にあったウォレットチェーンが、こつぜんと消えていることを除いては。
「今やったぞ。行け」
「まだです。店を出なければ、窃盗にはなりません」
 店主はニコと微笑み、けれど新聞を持つ手、肩幅に開いた足は飛び出す機会を窺っている。
 いつも女性を連れているのは盾変わりのカモフラージュか。けれどもそれこそが敗因だ。店主は三度の飯よりも女性を愛し、店に来れば、本能的にそこへ目を向ける。
 青年はブーブーと口を尖らせる女性に小さく眉を顰め、何か言いながら店の出入り口に身体を向けた。そこでやっと店主は新聞を置く。
「ウォースラ殿、警察に連絡を」
「ちゃんと捕まえられるんだろうな」
「おや、それは誰に言っているんです」
「良いから早く行け」
 青年が店を出ると同時に店主は腰をあげた。長い足を大股で運び、犯人を追う。
 盗まれた品は今日の分も合わせて七品だ。
 店主が寝る間を惜しんで創造したデザイン。二人目のメンバーである『ウォースラ』が幾度となくキレながらもそれを形にした。
 店主の手が、青年の肩を掴む。振り返る。
「私のデザインに無料の値をつけるなんて、いい度胸ですね」
 青年は肩を揺すって振り払おうとする。しかし繰り返す毎に、指がギリギリと肩に食い込み、垂れ下がったグリーンの目がキと店主を睨んだ。
「誰だよ、アンタ」
 店主は、笑顔。朗らかに微笑み、ゆっくりと発音する。
「聞いたからには一度で覚えてくださいよ? ロザリアの店主兼デザイナー、アルシドと申します」
 これは本編から遡る事四年前。アクセサリーショップ『ロザリア』を舞台とした小話だ。