recipe 6
 レコードがメインと自称しているが、狭い店内には思わず一体何の店だと突っ込みを入れたくなる程様々な商品が置いてある。並ぶというよりは、ばら撒かれていると言った方がしっくりくるだろうか。シルヴァーアクセサリーがコルクボードに掛っているかと思えば、その隣に海外の妖しい缶ジュースが転がっていたりする。どこまでが店の飾りでどこまでが商品なのだかまるで分からない。客に聞かれてからのんびりと首を傾げ、少し考えた後に適当な価格を言っている所を見ると、店員も店の商品と値段を把握していないらしい。それでも店が続いている理由はただ一つ、店長にあたる人物が趣味で開いた店舗だからだ。
 店長『アルシド』は国内ブランドのデザイナー兼社長を務めている。立ち上げから僅か五年。国内ブランドにしては少し高めの価格設定にも関わらず、運か才能か瞬く間にその名が知れ渡り、今ではコンビニで特集雑誌を見かける程になった。
 その店にヘーゼルの店主が訪れたのは、日が傾き始めた頃だ。店主は伝票の裏に書かれた地図と店の看板を何度も見比べ、それからポケットの封筒を確認してから意を決した様に店内へ足を踏み入れた。店内には海外の無名アーティストのレコードがかかり、その隣のジュークボックスで国内のヒットソングが流れている。不協和音は不思議に異国の宗教音楽の様に感覚を揺さぶり、どこか切り離された空間に迷い込む錯覚に陥った。
 レコードは勿論置いてあるが、ジャンルがバラバラでどこに何があるか解らない。店主はラックの古びたカバーを二、三個取り出して眺めてから、店の奥に向かった。
「すまないが、レコードを探して貰えないか」
 カウンターに向かって声をかけると、バックヤードらしきドアから黒髪の男が顔を覗かせる。店長のアルシドだ。
「おや」
 アルシドは一瞬驚いたように目を丸くし、それからカウンターにあるサングラスを取って店主の前に歩み寄った。
「何をお探しで」
「ビートルズの――曲は何でも構わないのだが」
「かしこまりました。少々お待ちを」
 そう言ってニコリと唇を笑わせると、アルシドはレコードのラックに手を伸ばした。魔法を唱える魔女っ子の仕草で指を空中で彷徨わせ、やがてその先がピタリと一点に留まる。
「これを。ヒット曲ではありませんが、貴方にお似合いだと思いますよ」
「そうか、ありがとう」
 店主は軽く会釈をしてレコードを受け取った。くたびれたジャケットをジと見てから、再び店内に視線を巡らせる。
「他にも何か?」
「いや。店員は貴方だけか?」
 店主の問いに、アルシドはクンと顎を上げた。顎鬚を指で撫で、唇を、今度は含みのある笑みに変える。
「ですね。うちのスタッフに御用でしたか」
「……用事、という程のものではないのだが」
 アルシドの目付が幾らか変化したことなど店主は気づかない。ポケットから封筒をひとつ取り出し、アルシドの胸に差し出した。
「これを渡して貰いたいのだが」
 アルシドは封筒を受け取り、浅い折皺を一つ一つ眺めてから店主の顔を覗き込む。
「引き受けましょう。誰に渡せばよろしいんで?」
「――あ」
 店主はここで漸く常連客の名を知らないことに気がついた。崩れて額を擽る髪を一筋後方へ撫でつけ、視線を上げて首を傾げる。
「歳は二十代半ば頃だろうか。短髪で長身の男がここで働いていると聞いた。彼に渡して欲しい」
 そう答える店主の目は阿呆と紙一重に真っ直ぐだ。アルシドはふうむと鼻を鳴らし、封筒をカウンターの裏に置いた。
「分かりました。多分バルフレアでしょう。今日は休みですが必ず」
 このレコード店は、アルバイトを一人しか雇っていない。
 店主はレコードのパッケージに殴り書かれた価格丁度で料金を支払い、レコード店を後にした。