悪戯 決戦の時は近い。 バルフレアの眠るベッドから一番離れた壁に背を合わせ、私は数度深呼吸を繰り返した。ドッドと心臓が鼓動し、紙袋を抱えた手にじっとりと汗が滲む。口の中に溜まった唾液を極力音を立てずに飲み込み、一歩、また一歩とこの時を味わう様に足を進めた。 長い戦いだった。関係を持つようになってから約三か月。元々ゲイだった私に対し、彼は根っからの女好きで、同性との性交は経験がなかった。そこをなんとか拝み倒し、あの若々しく美しい身体を抱くことが出来たまでは良かったが、以降彼の態度は一変した。 『この俺が、女みてぇに股開いてアンタのデカイそれを銜えてやってんだ。どう扱われても文句はねえよなあ?』 にやりと微笑んで、アレを取れ、コレをしろと、それこそ女王のように振舞うようになった。いや、それは別にかまわないのだ。私は彼に何かをしてあげるのが嫌いではない。問題は夜だ。折角こぎつけた関係なのだから、私とて彼に触れたいし、彼を抱きしめたい。それなのに、私はボっとベッドに横になったまま、指先一本動かすことすら許して貰えない。いつも彼は私の腰の上で跳ねながら、己の生殖器を自ら扱き上げる。私だって、彼を感じさせたいのに。 かれこれ三週間、私はずっとこの日を待ちわびていた。二人きりの部屋、彼が眠る時。ベッドの真横までつき、紙袋の中から例のものを取り出した。カチャリ、と鋭い音をたてて顔を出す。先日インターネットで購入したSM用の手錠だ。説明を読んだ所、捕虜用のそれと違って、直接肌に触れる内側は柔らかな素材でできており、無駄な苦痛を与えないことからSMプレイ初心者にはもってこいの品らしい。これで意外にもそういったプレイにはまってくれれば、晴れて私は彼に『ご主人様』と――ああ、いや、そんなことはどうでもいいのだ。 私は規則的な寝息を立てるバルフレアの手を取り、ひやりと冷たい手錠を通した。カチ、と音を立ててロックされる。もう片方も同じようにして拘束する。 「……成功だ……」 目頭が熱くなった。両手首をすっかりひとつに纏められたというのに、バルフレアは寝返りひとつうたずに、すーすーと寝息を立てている。私はもう一度唾を飲み込み、そっとベッドの端に腰をかけた。バルフレアの身体をひっくり返し、ベストの合わせに手をかける。 「……」 さて、このベストはフロント開きだったろうか。もう一度バルフレアを転がして、今度は真ん中のラインに繋ぎ目を探す。 「……」 ぬかった。私は一度とてこの複雑な構造の服を脱がしたことがない。下半身だけも事足りるが、どうせなら全裸が見たいのだ。まさか本人を起こしてどう脱がせば良いかと聞くわけにもいかない。どうしたものだろうか。このまま諦めるしかないのか。いや、ここで引けば私は恐らく一生マグロのままだ。受け入れるのかマグロ人生。それで良いのかバッシュ・フォン・ローゼンバーグ。いや、良いはずがない! 君もそう思うだろう!? ――そこで、ものは相談なのだが、もし忙しくなければ彼の服を脱がすのを手伝ってくれはしないだろうか? 成功した暁には、記念すべき私の脱マグロ体験をSSにし、後日インターネットから君だけに贈ろうと思うのだが。 >>手伝ってやる? |